卵殻手

江戸時代より、平戸藩三川内皿山でのみ焼かれ「卵殻手(らんかくで)・egg shell」と呼ばれた極薄手の磁器があります。生地は純白で描かれた模様が透けて見え、手取りは軽くその重さを感じないほどでした。 平戸藩主より、「箸より軽い茶碗を作れ」との命により始まった「卵殻手」の制作。「卵殻手」は、長崎出島に立ち寄ったカピタン達の目に留まりヨーロッパへ輸出されました。器は卵の殻の様に薄いことから、卵殻手「egg shell エッグシェル」と呼ばれ輸出先のヨーロッパで人気を博したのです。 その後、「卵殻手」の技術は、途絶えてしまいましたが、2006年その再現に成功いたしました。100年ぶりに蘇った「卵殻手」はさらに完成度を高め、2009年には二度にわたって皇太子殿下へ献上されました。

 

また、2025年12月9日 今上天皇陛下へ「卵殻手 太白平茶碗」が献上されました。

 

卵殻手とは(定義・概要)

「卵殻手(らんかくで)」は、江戸時代後期に長崎県佐世保市三川内(平戸藩の御用窯場)で誕生した、

極薄手の白磁器を指します 。

その名の通り、器の厚さは卵の殻ほど薄く、透光性に優れるのが特徴で、欧州では「エッグシェル

(eggshell )」とも呼ばれ珍重されました 。

伝統的には、御用窯の指定技法であるため下記三条件を満たすことが定義とされてます。

1)  長崎・針尾島産の 網代陶石 を用いる、

2)  手ひねり(手挽き轆轤)で成形する、

3)  器を逆さにせず立てたまま焼成する「起こし焼き」で仕上げる。

 

これらの条件が揃ってはじめて真の卵殻手と呼べるとされています。

卵殻手の特徴:  極めて薄い造形(厚さ約1mm前後)により、光に透かすと内部まで光を通します 。

素地は純白で、厚みがないため描かれた絵柄文様が背後から透けて見えるほどです 。

また非常に軽量で繊細です 。

 

図像のように、職人がライトで透かしながら薄さを確かめ、透けて見えるほどの薄さに仕上げます 。

下図: 13代目平戸藤祥(藤本岳英)氏が制作した卵殻手の焼成前素地。「まるで卵の殻のように繊細」 と評されます。

 

技法の特徴

極薄成形

卵殻手は手ろくろで成形した後、ひたすら薄く削り出して作ります 。

蝋燭やランプを当てて内部まで光を透かし、極限まで均一に薄くしていきます 。

薄くなり過ぎると焼成中に割れる事があるため、職人の高度な技術と経験が要求されます 。

 

純白素地

主原料である網代陶石を中心とした磁器土は非常に白く、透明感のある高級白磁を生みます 。

釉薬も無色透明で、磁器独特の強い光沢と乳白色の輝きを特徴とします。

 

軽量・透過性

厚みが約1mm程度と極端に薄いため、同サイズの普通の陶磁器と比べ非常に軽く、

「箸より軽い茶碗を作れ」という藩命どおりに、驚くほど軽量な仕上がりになります 。

また透過性が高く、光にかざすと柔らかな光を透かします 。

 

装飾手法:

 多くはコバルト藍で染付(そめつけ)による図柄が施されます。

三川内焼(平戸焼)の絵付け職人によって、中国文様や唐子(からこ)文様など繊細な藍絵が描かれ、

絵筆の濃淡で遠近感を表現する画風が特徴です 。

透けた白地に青い染付絵が浮かび上がり、まるで一枚の絵画のような精緻な表現が可能です。

また、西欧輸出用には金襴手(きんらんで)などの上絵付が人気を博しました。

 

江戸時代末期に三川内(平戸)で焼かれたる卵殻手のコーヒーカップとソーサーの写し(染付唐子紋)。

純白の極薄磁器に染付が施され、器の向こう側の景色が透けて見えるほど薄い造形です 。

当時はコーヒー碗やワイングラスなど洋食器類の製品が中心でした。

 

使用材料:

卵殻手の最大の特徴は、 網代陶石 (あじろとうせき)という希少な磁器用粘土を用いることにあります。

網代陶石は針尾島(長崎県佐世保市)産で、粒子が極めて細かく白度が高いのが特長です 。

 

伝統的定義:

「針尾島の網代陶石」を使用し網代陶石に加え 天草陶石 (あまくさとうせき)を混合して利用していました 

天草陶石は細粒で成形性に優れ、網代陶石と配合することで薄くても強度が保てる白磁土が得られます 。

近代の復元研究では、さらに耐火度を高めより白さを増すため、特に白いカオリンを添加しています。

 

 

 

下図:

網代陶石の塊(針尾島産)、平戸藤祥十三代・藤本岳英氏の研究で、この「幻の陶石」と天草陶石の配合が

卵殻手再現の鍵となった 。

 

 

このほか釉薬は熱膨張を合わせた透明釉がかけられ、装飾には上記のように藍(呉須)や金彩などが用いられます(図柄によっては金襴手の金彩を併用したものもあります)。

 

 

歴史的背景・由来

卵殻手の技法は、平戸藩主の命により三川内皿山(平戸焼・三川内焼の御用窯)が江戸時代後期に開発したものです 。

藩主の命「箸より軽い茶碗を作れ」に応えるため、1830年頃に池田安次郎をはじめ御用窯職人たちが純白極薄の茶杯やコーヒーカップの製作を完成させました 。

この時期から、長崎出島を通してオランダ商館経由で輸出が始まり、欧米で高く評価されました 。

 

特に19世紀前半以降は「世界一薄い磁器」として英国やオランダの富豪・貴族に珍重され、欧州各地の博覧会でも注目を集めました 。

代表的な輸出品は、コーヒーカップ、ワイングラス、チョコレート碗などの薄胎洋食器でした。

しかし19世紀末から20世紀初頭にかけて、欧州の趣味や国際情勢が変わると需要は激減し、第一次世界大戦頃には製法が途絶えたとされています 。

その後約100年近く誰もこの技法を継承せず、幻の技術となりました。

 

代表的な作品・作家

卵殻手の歴史上の名工としては、池田安次郎(安治郎)・高橋平助・古川庄作・中里丑太郎らが知られ、

約1837年頃にはこの技法が「完成した」と伝えられています 。

彼らはすべて平戸焼(御用窯)の絵付けや成形の名工で、彼らの手による極薄の珈琲碗・碗皿などが多数海外に輸出されました。

現存する19世紀製の卵殻手作品は、メトロポリタン美術館やフィラデルフィア美術館など海外の美術館に数点所蔵されています 。

 

近代以降では、一時途絶えていた卵殻手を2006年に 十三代目 平戸藤祥(藤本岳英)が再現しました。

藤本岳英は古い文献や技法の“おぼろげな記憶”を手がかりに研究を重ね、幻とされた網代陶石の採掘・配合に成功し、さらなる卵殻手を完成しました 。

復元後は皇室への献上品(2007年にスウェーデン国王夫妻、2009年に皇太子殿下、2025年に天皇陛下)にも採用され、大きな注目を集めています 。

 

 

現代の活用状況

2006年の復元以降、卵殻手は現代の作品として甦りつつあります。

現在も藤本岳英が注文制作や個展を通じて少量ずつ製作・発表が続けられています 。

 

平戸藤祥の作品は、皇室献上や国賓への贈呈、国際展示会への出品など実績があります。

また、伝統的な手法を守りながら現代的な形状・用途に挑戦する試みも行われており、食器だけでなく装飾品やオブジェ作品など応用範囲も広がっています。

学術的にも日本陶磁史の技術研究テーマとして注目されており、陶芸専門誌や展示会で取り上げられました。

 

 

比較技法との違い

卵殻手と対比される技法として、同じ三川内焼で発達した 透かし彫り や置上(おきあげ) があります。

透かし彫りは素地に孔や透かし文様を彫り出す技法であり 、卵殻手のように薄くするのではなく、

文様部分を抜き出す点が異なります。

置上は、粘土ペーストを薄く盛り上げて浮き彫り状に装飾を施す技法で、フランスのパテ・シュール・パテ

に先行するものです 。

これらはいずれも薄手白磁を用いる点で共通しますが、卵殻手は 器全体を極限まで薄くすること自体 を

目的とした手法です 。

したがって、装飾表現ではなく素材そのものの薄さと透過性を最大限に活かす点が卵殻手の特異な特徴と

言えます。

 

欧米の薄胎磁器

(中国・景徳鎮の「薄胎磁(Eggshell  porcelain)」など)とも類似点がありますが、卵殻手は特定の原料と古法による日本独自の工芸品として発展してきました 。

 

 

参考資料:  卵殻手の詳細は、三川内焼(平戸焼)に関する博物館・研究機関のレポートや専門書、窯元解説に豊富に記載されています 。例えば日本クラブ(ニューヨーク)の展覧会資料や窯元サイト、工芸専門誌などに信頼できる情報があり各出典を参照の上、詳しく学ぶことができます。

 

 

 

花籠唐草紋 卵殻手珈琲碗皿

正倉院にペルシャ風の紋様の薫炉(くんろ)や華籠(けこ)が伝世します。

その金銀の透かし彫刻の紋様を卵殻手に描きました。

朱金鳳凰台付盃

正倉院の銅鏡に金銀で象嵌された鳳凰の紋様をモチーフに描きました。

 

正倉院花鳥唐草の卵殻手の器

朱赤色の下地に金彩で描くのは金襴二度焼の伝統技法です。

正倉院の五弦の琵琶に螺鈿で象嵌された花鳥紋様をモチーフに描きました。

花模様は宝相華と呼ばれる紋様で、飛ぶ鳥は天女の領巾(ひれ)や花をくわえるという意匠です。

 

 

天皇献上品(平成)

天皇陛下へ長崎県知事より五光窯特製の「九十九島唐子絵鉢」が献上されました。

九十九島 唐子絵 鉢 w20.5×h6.5  天皇陛下に献上された 鉢の写し。